[2018WC] 日本とドイツの明暗を分けたもの

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4年前の問題は勝負に徹しきれなかったことだろう。自分たちのサッカーがやれたら負けても構わない、という美学や哲学を優先させるような、ウイニングマインドに問題があったと思う

6月14日に掲載された日本経済新聞のインタビュー(”監督誰でも俺らの代表 岡田氏が見るサッカー日本“)で、サッカー元日本代表監督の岡田武史氏はブラジルワールドカップを振り返って、こう批評した。まさに、その反省を体現するかのように日本代表は勝負に徹して、1次リーグ最後のポーランド戦で負けはしたものの、決勝トーナメントへの進出を決めた。

28日夜に行われたポーランド戦。日本は先発メンバーを6人入れ替えた、1.5軍で試合に臨んだ。常識的に考えれば、FIFAランキング8位の格上ポーランドに対し、61位の日本が1.5軍で臨むなんてありえない。しかし、引き分け以上で決勝トーナメント進出が決まる日本は大胆な策に打って出た。

主要メンバーである香川や大迫、乾、長谷部らが外れ、代わって入ったのは武藤や山口、槙野らだ。暑さの中、始まった試合は直近2試合に比べると、明らかにスローダウンした。プレッシャーは半歩遅く、選手の距離感も遠い。

始まって10分で、これは点が入る気がしないなと思った。理由は柴崎とFWの距離が遠く、FWの岡崎や武藤にボールが入った時に、ボールをもらって次につなげられる選手が誰もいなかったからだ。柴崎は確かに展開力があるし、ゲームメイクの能力はここ2試合高いパフォーマンスを見せている。

ただ、それはボールの展開力であって、ペナルティーエリアの外側でショートパスを使って崩す役目がいてこそ、効果がある。しかし、その役目を果たす香川や本田がこの試合ではベンチスタート。攻撃は柴崎から裏に抜けるロングパスだけで単調になり、選択肢が少ないので敵DFも守りやすい状況だった。数少ないチャンスもシュートまで持って行くのが精一杯だった。

中盤の寄せの甘さは、Jリーグを見ているようだった。Jリーグと欧州リーグの決定的な違いはスピードと激しさだ。日本の場合、中盤のボランチの役割はパスコースを切ることが最優先で、ボール奪取はその次。守備陣形が整って、攻めのディフェンスができる場合であっても抜かれることを恐れてボール奪取にいかないのが悪い癖だ。

サッカーライターの清水英斗さんのコラム”宇佐美貴史と「行ってるやん」の絶壁“を読むと、それがよくわかる。宇佐美のバイエルン時代の話が書かれていて、監督からプレスに行けと言われて、宇佐美は—イヤ、イヤ、行ってるやん—と思っていたというギャップの話だ。そのギャップの理由を清水さんは以下のように解説する。

 日本では「抜かれるな!」と指導されることが多い。球際に飛び込んで、かわされたら、それは大きなミス。「一発で行くな!」と叱責され、ボールを持った相手に近づいたら、その手前で一旦止まり、間合いを保つ守備を仕込まれる。抜かれなければOKだ。

 ところが、ドイツは違う。そもそも、間合いを保って相手に何の重圧も与えないようなプレーを“守備”とは呼ばない。ドイツでは、ボールを奪ってこそ守備だ。身体ごと球際に飛び込んで、ボールを奪わなければならない。相手が快適で、自由にボールを持っていたら、お前は何もしていないのと一緒だ、と。

まさに、このときの宇佐美と同じような悪い癖がポーランド戦では山口のところでモロに出た。中盤でポーランド選手への寄せが遅く、確かにパスコースは切っていながらも、自由にプレーさせていた。ディフェンスが甘いと言われていた柴崎の方がよっぽど激しく相手にプレッシャーをかけていたのが印象的だった。フットボールチャンネルの選手採点表(ポーランド戦、失われた90分。奇跡の決勝T進出も…先発入れ替え裏目で“別のチーム”に)を見ても、先発イレブンの中で山口は3.5と最低評価だった。

この試合に限って言えば、西野監督は引き分けで御の字と考えていたに違いない。もちろん、勝てればラッキーだけれど、目的は決勝トーナメント進出。もっと言えば、引き分けでも16強というおいしい展開になったので、ベスト8を見据えた戦略を取ることができた。それが後半残り10分の、世界から茶番と評される、見ていてクソつまらない時間稼ぎにつながっていく。

つまり、1点ビハインドの状況で、勝ちに行かずセネガルがコロンビアに負けているのを良いことに、攻めるリスクを負わず「試合に負けて勝負に勝つ」という戦略をとったわけだ。結果、試合には0-1で負けたけれど、フェアプレーの差。イエローカードの枚数の差で、同じくコロンビアに敗れて勝ち点と得失点差で並んだセネガルを上回り、他力本願ながらも決勝トーナメントに進出できた。

前置きが長くなったけれど、ここが4年前のザックジャパンと西野ジャパンの決定的な違いだ。岡田元監督が指摘した勝負に徹するという部分がここに集約されている。世界でも引き分け狙いや勝っているチームが確実に試合をコントロールするために時間稼ぎをすることは、勝負の世界では普通に起こる。もちろん、視聴者やファンとして、クソ試合はつまらないものだ。

一方で、「負けても自分たちのサッカーができればいい」と臨んだ4年前の失敗を「自分たちのサッカーってなんだよ」って批判していたのは誰か。マスメディアだけでなく、多くの人が批判したはずだ。

実は、この「自分たちのサッカー」の罠にハマったのがドイツだ。まさに4年前の日本を見るように、ドイツは自分たちの美しいポゼッションサッカーを展開しようとして上手くいかず。—なぜ上手くいかないんだろう。こんなはずでは—と思っている間に、1次リーグ敗退が決まってしまった。

このあたりの話は6月29日付の日経新聞「ドイツ 欠けた執念」にも書かれている。

 破綻の兆候は2年前の欧州選手権で見て取れた。準決勝でフランスに敗れたレーウ監督は「内容はドイツが優れていた」と何度も繰り返した。敗北を悔しがる姿はなく、パスサッカーで主導権を握って内容で相手を圧倒したことへの満足感が漂っていた。(中略) 今大会のドイツは手数をかけて攻め込みながら、逆襲を浴びる悪循環から抜け出せなかった。勝利だけではなく、試合内容にこだわったからこそ、はまった落とし穴だった。

勝負に徹して世界から非難されようとも、決勝トーナメント進出を決めた日本。自分たちのサッカーにこだわって初の1次リーグ敗退という汚点を残したドイツ。明暗が分かれた両国。どちらの考え方を支持するかは人それぞれだけれど、これだけは言える。これがサッカーだ。

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