オンライン それともオフライン?

たまたま同じ時期に2つの記事が目にとまった。

ちきりんさんが書いた
・「高速道路と大渋滞

cakesで連載している茂木健一郎さんと北川拓也さんの対談
・「【第27回】若者の才能を見分ける、たったひとつの方法

内容はそれぞれ違うのだけれど、1つ共通のことに言及していて心に引っかかったのが「今の時代ってやろうと思えばネットで勉強できるよね」という話題。

ちきりんさんの紹介している話が象徴的で、ポーカープロの木原さん、プロゲーマーの梅原さんが最近の若い人はオンラインで強い人と対戦し、練習できるからぐんぐん実力が上がっていくという。

結論では

  1. オフラインの中で質のいい場所(例:いい学校)にこだわるなんて超ナンセンスな時代になりつつあり、(孟母三遷とかいうけど、ラスベガスに引っ越さなくても世界トップのポーカープロになれますよってこと)
  2. 勉強でトップクラスになるなんて意味が無く、「いかに他者と大きく違うか」「自分のアタマでオリジナルに考えられるか」が大事になると。

と大胆な仮説をたてている。

一方、cakesの方でもMOOCs、いわゆる大学などの高等教育機関がネットで公開講座や講義・履修プログラムを提供している話が書いてあって、大学に行かなくても学べるかも、という話がある。

オンラインの限界

さて、ここからが本題。オンラインで学べる環境は整備されてきたけど、それだけで一流が育つのか? 個人的にはNoなのではないかと思う。

オフラインの中で質のいい場所にこだわる重要性は今も昔も変わらないんじゃないか、というのがぼくの仮説です。

たとえば、なぜIT分野でシリコンバレーに優秀な人材が世界中から集まるのか? ネットでプログラミング開発できるなら集まる必要ないよね。なぜIT系やデザイン系の人材が日本であれば東京に出なきゃ始まらないと思うのか。

答えは情報の濃度と摂取する効率性、そして人間であるが故のモチベーション維持にあると思う。

情報の濃度と効率性

情報の濃度は顔と顔をつきあわせた会話は、1:1であるがゆえに相手に特化したコミュニケーションができる。つまり、相手の能力に応じて話が深くなったり、浅くなったりする。講演なんかで1人が大多数に向けて話すとき、内容が万人向けになってしまうように、ネットでは対話を始めるまでのハードルが結構高い気がしていて、それが情報の濃度の濃淡につながるのではないか、と。

関連する効率性も同じで、関心の高い分野の第一人者は横のつながりもあって、紹介してもらいやすかったり、頻繁にセミナーが開かれていたりする。効率的に情報を集めるにはその場に行ってしまうのが一番いい。当事者に自分の疑問もぶつけやすいし、関心の似た人も集まる。

「その場」にいる意味

で、周囲のレベルが自分と違いすぎると、やっぱり自分のモチベーションを維持するのが大変なわけです。なぜ日本で東大やSFCがいいのか、と言うと、きっと教育プログラムの良さと言うより、集まってくる人材のレベルが高いという点だと思う。

そんな周囲の環境に自分を置くことで、偶然の良き出会いが起きやすくなるし、すごいプロジェクトにも関わりやすくなる。「刺激的なことが起きやすい場に、適切なタイミングで物理的にいる」ということがネット時代でも非常に有効だと思うわけです。

この辺の話は学術的にも研究がなされているので、興味のある人はマイケル・ポーターの競争戦略論や産業集積論というキーワードで調べてみると理解が深まると思います。

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